1月20日の今日のひとこと

僕はいま、原稿をほとんどipadで書いています。まあ、ひとつ前の旧いバージョンなのでちょっと重くていやなんですが、ノートPCよりはずっと手軽。カバンに入れてどこにでも持ち運べるので、案外と重宝しています。いわば喫茶店が仕事場。ノマドには欠かせませんね。

一昔前は、もっとコンパクトなザウルスという機種を使っていました。いまはあるのかな? あれが画面がすごく小さくてテレビゲームみたいな感じでしたが、あの頃から喫茶店とかに持ち込んでチマチマと原稿を書いてました。要はそれがipadに変わったわけです。

家にいるときもソファーに座って、テレビとか見ながら原稿を書いたりします。だいたい取材や下調べが済んだら、僕はテープ起こしとかもほとんどせず(インタビュー物は別)、たまに資料や構成案をチラチラ見ながら感覚的に書いています。

感覚的にと書きましたが、それはほとんど脳を使っていない、その意味でとてもフローな状態です。これってクリエイトすることすべてに言えることですが、頭を使ったらダメなんです。文章がへたくそな人は、頭を使って書こうとする。心当たりありませんか?

僕自身、スポーツだったらそうなってしまうかもしれない。ただ、書くことで頭を使わない感覚がわかっているから、見ている分には頭を使わないでプレーできている人の動きがなんとなくわかる。時にすごいなと感心したりする。「腸脳力」でも書いたけれど、頭でっかちから抜け出さないと仕事も苦痛なままです。一仕事終えてへとへとになっているとしたら、それは余分な頭を使っているからです。

それは、同じようにスポーツの話でたとえると、たちの悪い筋肉痛みたいなものです。いわゆる武術的な動きがしっかりできていると、運動しながら体が元気になっていき、終える頃には逆に心地よさを覚えるくらいになっている。文章の場合もそうでなくちゃね。個人的には、まだまだ極められると思っているけれど、これは人生全般で使える技でもあるから、少しずつそのコツを伝えていけたらと思っています。

僕がこれからやろうとしている「クリエイター養成講座」というのは、言ってみればこうした身体感覚を学び、「実践」に役立てるためのものです。モノ書き以外の人でも、いろんな意味で活用できます。いわば、広い意味での生きる知恵です。

モノ書きのような、資格のない世界で求められるのは感性であり、感覚。それは基本的に曖昧模糊としたものではありますが、ある程度は理論的にも説明でき、道筋も示すことができるものだと思っています。「生命力ごはん」とはまた違った面白さが提供できるかなあ? コツがつかめると世界がホント変わりますよ。いま少しずつ準備中です。


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心と体を変える “底力” は “腸” にある 腸脳力

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